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どうも、みなさまこんにちは。妻勝でっす。
やってまいりました、「アフリカ留学記」の時間ですよ。
隣で内容に口出しをしてくる坊主さんとキャッキャしながら書いているのでキャラの迷走があるかと思いますが、こらえてやってください。

昨日、ケニアンエリート養成機関、ナイロビ大学に潜入してきたのでその実態を報告します。ま、実態を報告って言っても、大学内の本屋ぐらいしか行ってないので、何も期待せずに先の記事をどうぞ。

ナイロビ大学には14時より坊主さんとKIDさんとTさんとの4人で行ってまいりやした!

ナイロビのwestlandにある寮よりタクシーで20分ほどです。ナイロビの中心であるtownの少し外れに位置しています。

見たキャンパスは一部でしたが、コの字型になっており、中央には芝生が敷かれていました。昼寝をしている学生もちらほら。

夏季休暇は終わっている様子でキャンパスには多くの学生がいました。黒人ばかりで東洋人の4人組は目立つはずですが、あまり注目されず、一抹の寂しささえ感じてしまいました。観光客も珍しくないのかも知れません。

意外だったことに彼らのファッションが日本の大学生と変わりませんでした。それと、どのキャンパスにもカップルはいるものですね。急な通り雨が降り、カップルの男が自分のカーディガンを女性にかけてあげていました。独り身の坊主さんは左肩が寒いと嘆いていました。彼は女性とキャンパス内を歩くことが夢だそうです。

本屋ではケニアの独立戦争を指揮した人物の著作らしいエッセイ集と大学のエンブレムが刺繍されているポロシャツを購入。ナイロビ大学のエンブレムに惹かれて選びましたが、エンブレムに目がくらみ、幾度かの試着を繰り返した挙句、サイズ選びに失敗しちった。やっちまったぜー!試着を手伝ってくれた店員さんに申し訳ないです。ただ、言い訳させてもらうとケニア人サイズは日本人にはでか過ぎます。自分のサイズを探すあまり、丈の短すぎる女性ものを買ってしまいました。愛する妹のお土産にでもしようかなー。

それぞれがお土産を購入した後、ナイロビ大学に別れを告げました。さようなら、もう来ることもないでしょう。

帰りのタクシーでは運転手のチゲと盛り上がりながら、楽しく帰りました。チゲは4人にポップコーンとパイナップルを奢ってくれたので代わりにビールを上げました。ちなみにケニアでは飲酒運転は容認牧場です。違法らしいですが、取り締まりがゆるいそうです。

もう少しナイロビ大学の実態に肉薄する記事を書きたかったのですが、本当に本屋しか行かなかったので、これくらいで。

失望しないで次回をお楽しみに!
縮小版エンブレム

縮小版キャンパス1
縮小版キャンパス2
縮小版キャンパス3
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みなさま、こんにちは。
前回の記事の宣言通り、更新します。ただし写真は忘れたので添付できません。すみません。

20日にナイロビに来て以来、1週間が経ちました。徐々にこちらの生活にも慣れてきました。
幸いにも言われている程治安の悪さは感じません。市民が使うバスを利用していますし、近距離の移動は徒歩が多いです。
当然、夜間は外出しない、ダウンタウンには入らないというルールは守った上でのことですが。

たくさん書きたいことがありますが、今回の記事では僕が暮らしている語学校と寮、及び愉快な仲間達について書きたいと思います。

僕が入学している語学校はスワヒリ語を勉強するための日本人用施設です。
かなりこぢんまりとしていて、1階が寮、2階が語学校です。
授業は22日から始まっており、平日は1日3時間、9時から12時までスワヒリ語を勉強します。
先生はケニア人男性であり、英語とスワヒリ語で授業をしますが、教え方はかなりうまいです。まだ学び始めてから日が浅いですが、お陰でなかなかスワヒリ語が上達したのではないかとうぬぼれてしまいます。

12時に授業が終わった後は昼食を食べ、フリータイムです。学院長が言うには午後は実践の時間で現地のケニア人にスワヒリ語で話しかけてこいとのことです。シャイな僕にはとてもできません。買い物やタクシーを利用する時に小声で言うのが精一杯です。
2月下旬まで授業は続きますが、もうちょっとスワヒリ語を話すようにしないといけないなーと思います。

語学校の面子は僕を除いて以下の3人です。僕が心の中でつけているあだ名で記します。
KID:33歳 女性 10回以上ケニアに来ているほどのケニアフリーク。ケニア永住計画を企てているそうで、仕事を辞めて語学校に入学。好きなものはサファリ。
T:28歳 女性 KIDの友人。KIDと共に仕事を辞めて語学校に入学。同じくケニア好きで10回近く、ケニアに来ている。好きな動物はキリン。
金満:還暦以上 女性 海外援助に興味があるそうで、今後のために現地で生活する必要性を感じ、語学校に入学したそう。必要なのは現地で生活する経験であってスワヒリ語ではないため、勉強に対する熱意が無い。

3人とも年上の女性であり、人前で下着を干す程ワイルドな方々です。若干某テレビ番組のような恋愛観察バラエティのりを期待していた僕は絶望しました。

以上が語学校についてです。
続いて暮らしている寮を説明します。部屋は男子寮、女子寮に分かれておりそれぞれドミトリーになっていますが、暮らしている人が少ないため現在は皆、個室のようになっています。ただ、語学校の寮としてのみでなく、ホテルとしても機能しているため、宿泊客が来ると部屋をシェアすることになります。

そして、寮で特筆すべきが食事であります。1日3食寮で食べていますが、全てかなりおいしいです。特に昼食と夕食が手が込んでおり、日本の家庭食を食べさせてくれます。学院長が食事にうるさいため、お手伝いさん達に仕込んだようです。20日からの滞在だが、味噌ラーメンやおでんを食べさせてもらいました。食事はメンタルに関わる為、かなり助かっています。

寮の人々も紹介します。
宿泊客
坊主:24歳 男性 都内の国立大学院生。研究のために滞在中。教育関連の修士論文を書くそう。家族は兄や弟を含め全員働いており、肩身がせまい。口癖は「日本に帰るー」。
お手伝いさんのケニア人
M:年齢不明 女性 家事全般担当。お母さんっぽい。無愛想。片言の日本をしゃべる。「ゴハンデスヨー」「タベル」。
R:年齢不明 女性 家事全般担当。無愛想だが、たまに笑顔。日本語をしゃべるのを聞いたことがない。
D:年齢不明 女性 水周りの家事担当。一番愛想がある。
フリース:30歳くらい 男性 門番。一番無愛想。会話したことがない。渾名の由来はフリースを着ていることが多いため。

寮は出入りも多く、ついこないだもアフリカにツアーできた7人程が泊まっていました。多くの人が訪れるため、刺激をもらうことができ、その点はとてもおもしろいです。明日28日から1ヶ月程、海外協力隊の方が5名スワヒリ語の勉強のために宿泊します。色々会話できればいいなと思います。

と、まあ以上が僕の生活の周辺です。愉快な仲間達と楽しく暮らしています。
寮の近くのショッピングセンターに日本語入力可能なネットカフェを見つけたため次回は早めに更新できる予定です。
明日は坊主と一緒にケニヤンエリート養成期間、ナイロビ大学に行ってまいりますので、ナイロビ大学について書ければと思います。
ナイロビのネットカフェより更新しています。
正直、猛烈に感動している。アフリカに到着した時以上の感動だ。
ようやく、ようやくブログを更新できる。
滞在している語学校の寮でもネットが使用できるのですが、かなり遅く、その上、なぜかブログにはアクセスできなかったので、更新が遅れてしまいました。
寮近くのネットカフェも利用したのですが、日本語での入力ができず、今利用しているネットカフェの店員が悪戦苦闘した挙句、日本語入力が可能になりました。ありがとう、ケニア人。
あ、今まで何となく留学先の都市名を書かなかったのですが、明かします。ケニアのナイロビです。

20日の到着からしばらく経っているため、色々と書きたいこともあるのですが、今回は到着の経緯だけ書きます。
まず、何事もなく、無事ケニアに着きました。
心配していた乗換えも入国審査もあっけないくらいに終わってしまいました。少々心配しすぎていたようです。

成田から15時間程かけてエジプトのカイロに到着し、多少の乗換え時間の後、今度は5時間かけてナイロビに向かいます。恩地(分かる人には分かる)がナイロビに左遷されたにも関わらず、いまだに日本、ナイロビ間の直行便はありません。なかなかつらい旅でした。
日本からカイロ間は当然ですが、カイロからナイロビ間も隣の座席の方が日本の方で、話も盛り上がり、楽しく過ごせました。写真をブログに載せる許可も得ましたので、また次の更新で写真を載せます。

ナイロビには迎えのケニア人が僕の名前(漢字)のプレートを持っており、そこから寮まで車で移動しました。空港から寮までは30分ほどでした。
到着した時、ナイロビは朝の5時でしたので、眠そうな学校長がめんどくさげに部屋の鍵をくれ、8時に朝食があるため、それまで部屋で待機していろと指示を出し、そのまま寝室に戻ってしまいました。

途中ですが、到着はとりあえずこんな感じです。
人を待たしてあるのでこの辺で。次回は月曜日に更新します。

縮小版tarinaさん

カイロ、ナイロビ間をご一緒したお二人です。ありがとうございました。
2010.09.19 成田空港なう
やあやあ糞ども。
嘘です。いらっしゃいませ、皆様。

搭乗開始時間までの暇つぶしにこの記事を書いています。
本日の13:30発の飛行機でアフリカを目指します。

無事にアフリカに着けるか多少心配しています。
心配の種はカイロでの乗り換えと入国審査です。
カイロでの乗り換えに使える時間が2時間しかありません。
東京に住んで5年目になるのに未だに新宿駅で迷子になる自分に、外国の見知らぬ空港で間違えずに乗り換えできるかがかなり怖いです。
アフリカでの入国審査にも不安があります。
諸事情があるのですが、無事に入国させてくれるでしょうか。

また、前回の記事で忘れ物をするかも知れないと書きましたが、やはり忘れました。
忘れたものは腕時計です。
普段は携帯の時計を見ているため、腕時計を使用する癖が無いのが災いしました。
シャンプーや髭剃りはp「いっそ現地で買ってやろう」とわざと置いてきたのですが、腕時計も現地で買わねばならなくなりました。偏見ですが、アフリカの時計ってすごく狂いやすそう。

それでは搭乗時間が始まるのでそろそろ。
次回はアフリカより更新します。多分。
いよいよ明日(既に今日だが)、アフリカの地へ向けて出発します。
荷造りや友人への挨拶をしていたら、時間が遅くなってしまった。

朝は5時には起きたい。寝坊だけはしませんように。

アフリカに向かう途上で、写真をたくさん撮れればいいなと思います。
それらを皆さんに報告したいです。

それでは短いですが、今回はこの辺りで。
いい夢を見ろよ、俺。
面倒と言いつつまた更新します。妻勝です。
先の記事では自己紹介しか行うことができませんでした。
なので、今回の記事で現在の状況を説明したいと思います。

まず、まだ日本にいます。東京でのたうち回っています。
当ブログの紹介文ではさもアフリカにいるように書いていますが、あれは希望です。
アフリカではヘビーでポップに過ごせればいいなと。
いい加減大学生の怠惰にも飽きました。

アフリカへは9月19日に出発します。
エジプトのカイロ経由です。

出発日が近づいており、近頃は下宿先を引き払ったり、ビザ等を申請したりと忙しくしていました。
引っ越しや各種の手続きに時間を取られてしまったため、荷物の準備は進んでいません。
ぶっちゃけ写真のスーツケースは今日(16日)届きました。
鞄メーカーであるエースのプロテカというシリーズです。他メーカーと比べて多少値が張るものの、内装がきれいな点に魅かれ購入しました。
容量は大きめがいいだろうと判断し、91リットルです。かなり大型ですが、夢や希望を入れるにはまだまだ足りませんね。ね。

スーツケースも届いたことですし、明日(17日)は荷造りをしなければならないのに、下宿先の手続きや友人と飲む約束があり、できそうもありません。何かしらを入れ忘れるとしか思えません。
留学先はアフリカでは随一の都市ですので、足りないものは現地で調達しようとゆるく構えています。あ、でもパンツはバッチリ新しいのを買いました。

これから楽しくなるといいんだけどな。
荷物に入れるべきもの等ありましたらぜひ教えて下さい。
画像+002_convert_20100916235726
どうも、皆々様こんにちは。
これよりブログ「アフリカ留学記」をお送りします。
タイトル通り、私、妻勝のアフリカ留学について記す予定です。

こけら落としの記事になりますので、私自身について紹介させて頂きたいと思います。

以下自己紹介

氏名:妻勝 明良
性別:男
年齢:23才
血液型:A型
職業:学生(但し9月卒業のため10月からは無職)
出身:愛知県
現住所:東京

高校卒業後、東京の某私立大学に通うために上京。
大学を9月で卒業することになったため、来年の4月まで暇ができ、何となく、アフリカに半年間留学することにしました。
何となくであって、貧困や紛争に興味がある訳ではないです。念のため。
アフリカではスワヒリ語の勉強をします。
そして、来年2月下旬に帰国し、4月より都内の企業で働き始めます。

以上とさせて下さい。
簡単な方が想像をたくましくする余地があってよろしいかと思います。
また、記事を書いていく中でポロリポロリと自身について明かすと思うので、それも楽しみにして下さい。

はじめての記事を書いてみて、意外と面倒であることに気付きました。
少しでも続くように、また、少しでも皆様に喜んで頂ける記事を書けるように頑張っていく所存ですので、何卒、ご声援をお願いします。


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