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みなさま、どうも。
妻勝です。

マダガスカル旅行記続編を書き続けたいところなんですが、今回はお休みして、いつもの下らない小話を一つ。

週末の金、土、日とかけて、青年海外協力隊の人と男4人で桃鉄をプレイしました。
プレイして思いますが、やっぱり桃鉄は名作ですね。
いい年した大人がキャッキャッ騒ぎながら3日間連続してやれるゲームってあんまりないように思います。
それに、ゲーム上とはいえ、お金がかかるからなのか、それぞれ熱くなるので、日本人の絶叫がナイロビの夜空にこだましていたそうです。
ちなみにプレイしたバージョンはスーファミ版の桃鉄DXでした。

3日間で大体15時間くらいかけて30年で競いました。
4人中2位という順位でしたが、まあ、まずまずかなという思いです。
良かったと思う点は取れるリスクと取れないリスクをきちんと分けることができたことです。
最後の決算が終わった後に、ゲーム中のゴール回数や貧乏神とのターン数が発表されるのですが、一番貧乏神と一緒に過ごしながら、最もキングボンビーと過ごしたターンが少ないプレイヤーでした。
貧乏神は耐えられるリスクとして我慢し、キングボンビーは極力即排除する、このように攻めと守りを区別できたのが2位になれた一因だと思います。
この姿勢はぜひ次回に繋げたいと思います。

じゃあなぜ1位になれなかったかと言うと、運かなーというどうしようもない言い訳しかでてきません。
個人的にはスリの銀二が痛かったように思います。
決算の直後に被害に遭ったり、他のプレイヤーは4分の1、もしくは多くても2分の1の被害なのに、全額スられたりしました。
それと、カードの引きも悪かったです。
良いカードが引けないというのももちろんですが、他のプレイヤーより圧倒的にデビル系のカードを引き、でかい買い物をした後にキングデビルを引くといった不運もありました。
運のせいにしてもしょうがないんですけどね。

あと、1位のプレイヤーがうまかったのも事実です。
意外だったのが、最終決算直後のゴール回数発表では1位の彼が最もゴール回数の少ないプレイヤーでした。
目的地に入ることが1位になるための近道の様に考えていたのですが。

彼のうまさは物件の押さえ方にあるように思います。
早い内に高収益の物件を購入する姿勢を徹底していました。
中でも大きかったのが油田の購入です。
油田は2億円の価格で利益率100パーセントであり、しかもそのまま独占となるため、利益率は200パーセント、すなわち、決算毎に4億円の収益を生み出すことになります。
これは目的地1個分に相当する金額で、特に序盤においてはすごく大きな利益です。
入れるかどうか分からない目的地ではなく、油田によって毎年確実に他の物件を購入する資金を用意できたことが彼の強さの源だったと思います。
次回は油田の獲得を至上命令にします。

とまあ、久しぶりの桃鉄を振り返ってみた訳ですが、最後に桃鉄に関る記事を紹介。
http://bipblog.com/archives/2243954.html

勝間さんが本気で桃鉄について書いてらっしゃる…。
秀逸だと思うのは桃鉄を麻雀に例えてる所。
うーん、なるほど。さすがは経済評論家っすね。
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みなさま、どうも。
妻勝です。

お元気でしょうか。
僕は元気です。

今更ながらの感がありますが、今回はマダガスカル旅行記続編です。
どのエピソードを記事にしようかと考えていましたが、折角企画を達成したため、初日の出について書こうと思います。

もう既にみなさんはご存知だと思いますが、マダガスカル旅行にはテーマがあり、それは、
「インド洋から昇る初日の出を拝む」
というものでした。
この無意味企画を男妻勝はきっちりと果たしてきました。
島国マダガスカルの島Ile Sainte Marieの更に島Ile Aux Nattesという場所にまで行き、初日の出さんを拝んでまいりました。

初日の出を見る訳ですから、当然、夜明け前に海岸を目指したのですが、途中で野犬に襲われそうになりながらもなんとか五体満足のままです。
その道中がこんな感じで…。

縮小版夜明け前の道中

海岸に着いてからがこんな感じでした。

縮小版夜明け前の海岸

縮小版夜明けの海岸

縮小版椰子の木1

で、これが初日の出です。

縮小版初日の出1

縮小版初日の出2

とりあえず、今年1年大過なく過ごせるようにと願っておきました。

ちなみにこの願いは数時間後に打ち砕かれることになるのですが、それはまた次回の話。
2011.01.19 復活してます
みなさま、どうも。
妻勝です。

ちょっと間が空いてしまいましたが元気です。
体調もすっかり回復しました。
どうやらマラリアだったようです。
診断が下った訳ではありませんが、定期的な高い発熱を繰り返す特徴的な症状だったのでそうではないかと素人判断をしました。
ナイロビにはマラリアはないので、マダガスカルから持って来てしまったのでしょう。
マラリアスタートとは2011年は中々最低な幕開けです。
それでも僕は負けません。
あ、一応病院にも行ったんですけど、まじファックなんでおすすめはできないです。
心配は減らず、金だけが減りました。
治りかけだったのに入院をすすめられるし、最低なデベロッピングです。
あいつらすぐに入院をすすめますが、単なる営利目的が多いそうなので、ケニアで通院予定がある人はご注意下さい。
ちなみに通院先はナイロビ病院でした。外国人と金持ちのケニア人用と言われていますが、どうなんでしょう。

前回の記事に拍手が集中しており、みなさまの熱い期待を感じますが、やはり大したことはなく、まさに世間話でした。
何なんすかね。
まあ何者でもない、というか無職の僕の身分が気楽だったみたいです。
大人は大変っすね。

そんなこんなでまた明日からマダガスカル旅行記書ければいいなと思います。
よろしく。
みなさま、どうも。
37度2分、妻勝です。

今日、女性から呼び出しを受けました。
何でも僕と「話がしたい」だそうですよ。
これから携帯にワン切りが来るそうで、それを待機しています。
ワン切りが来たら、寮の外に出て、落ち合う予定です。
何なんでしょうか。何なんすかね。むふふふ。

彼女は宿泊者の1人。間違っても同級生ではない。
夕飯の食器を下げる際に、急に僕の机の前まで来て、
「いつかお時間頂けますか?」と。
僕はもぐもぐしながら、
「え、何すか?」
と、2011年も冴えない男の返し。
「ちょっとお話がしたいんですが」
これは彼女。
「いつでも暇ですよ。今晩でも大丈夫です」
「じゃあ今晩お願いします」
「え、というか話って何なんですか?」
新年も相変わらず無粋な男の質問。
「世間話です」

世間話…、ふ、ふーん。ま、詳しくはその際に話しましょうかと、落ち合い方の打ち合わせ。
常に男子寮のリビングにいるので呼んで頂ければと提案すると、彼女は、
「え、でも、リビングには他の男性もいますよね」
「まあ、そうですね」
「じゃあ、携帯教えてください。ワン切りします」
とまあ、このように呼び出しを受けた次第です。

何なんすか?もう下がりかけた熱が上がっちゃいますよ。
別に世間話なら他の男性がいる所ででもいいじゃないですか。
どこの世間の話をするんですか。

何はともあれ、早くワン切り来ないかなー。
連日順調に下がり続けた熱が今日は下がりそうにもないぜ。

あ、すみません、ついテンションが上がってこっちを書いてしまいました。
マダガスカル旅行記続編はもうちょいお待ちを。
2011.01.11 熱が出ました
みなさま、どうも。
妻勝です。

日曜までに完結させたいと言いつつ、全く更新しないですみません。
風邪をひいたのか、熱が出たので寝込んでいました。
意外なほどの高熱で先ほど測った際は38度7分ありました。昨日は39度5分でした。
そんなにだるくはないんですけど、元気でもないです。
変な病気じゃないといいんですけど。

梅湯でも飲んで寝ます。
日本にいるみなさまも、そうでないみなさまもお体にはお気をつけ下さい。
みなさま、どうも。
妻勝です。

昨日1/6から青年海外協力隊の新しい隊員達(平成22年度の3次隊、前回は2次隊、4次隊まであるらしい)が寮に来ましたが、彼らのことはスルーしてマダガスカル旅行記を書きます。
このマダガスカル編を日曜までに合計3回で完結させたいのですが、恐らく無理ですので適当にお付き合い頂ければと思います。

まずマダガスカルがどんな国だったかということに触れておきたいんですが、実感としてはかなり不思議な国でした。
どういう点が不思議かというと無国籍国家です。
地理的にはもちろんアフリカに位置しながら、アジア系の人々が多く住み、しかも、フランスの植民地であったため、食事や建物等にヨーロッパの文化を持っています。
この辺はWikipediaを参照してください。
マダガスカル

この不思議国家を12月24日から1月5日まで旅行しました。
ルートは首都のAntanarivoに入り2泊、東の港町Tamataveを目指し、そこで3泊、Ile Sainte Marieという小島を目指すも、船にうまく連絡できず、何も無い町Soanierana-Ivongoで1泊、フェリーで念願のIle Sainte Marieに向かい、初日の出を拝んだり、奇跡を起こしたり、それを無駄にしながら4泊、戻りのバスで車中泊1泊、Antanarivoで1泊し、帰国しました。

陸路では全てタクシーブルーズと呼ばれる小型バスを利用したのですが、これが中々の鬼門でした。
道が悪いということは聞いていたので、未舗装の道路が続くのかと思いきや、道路は割ときれいに舗装されていました。厳しいのはそのコースです。山に無理矢理道路を敷いたような構造になっていて、アップダウン、右折左折の連続です。性質の悪いジェットコースターに長時間乗っているような感じでした。
幸いにも僕はリバースしませんでしたが、AntanarivoからTamataveを目指すバスの社内(8時間)では2つ横の席の幼児がリバースし、後ろの席のねーちゃんが僕に微妙な被害を及ぼしながら、リバースしていました。
僕の心はインド洋並ですし、ねーちゃんが美人でしたから爽やかに許しましたが、乗り物に弱い人と短気な人は気を付けましょう。

マダガスカルはアイアイやバオバブの木で有名ですが、そのどちらも見ていません。
バオバブの木はかなり興味があったのですが、マダガスカルの西部にあり、「インド洋から昇る初日の出を拝む」という誰得な企画のために行けませんでした。

では何をしていたかというと、自慢ではないですが特に何もしていません。
Tamataveでは以前の記事に書いたように無駄に川下りをしてみましたが、それ以外は埠頭で片足を堤防にかけながら物思いに沈んだり、朝からビールを飲んで浜辺でのんびりしたりしていました。お金があればホエールウォッチングとかしたかったんですけどね。

気になるお値段は総額で440USドルでした。
これとは別に航空券がナイロビから往復で800USドル弱でした。
通貨レートは1USドル=約2000アリアリでした。
物価は明日以降書く続編に書こうと思うのでちょっと待ってね。
それと、これも続編に書きますが、USドルではなく、ユーロを持っていくことを激しく勧めます。このせいで元々でかいトラブルが更にでかくなりました。

それでは今回はこの辺で。
飽きずに完結するまで読んでね!
みなさま、どうも。
妻勝です。

明けましておめでとうございます。
昨日1/5、無事にマダガスカルからナイロビに帰ってきました。
うまい食事もでき、素敵な出会いもあり、適当に選んだ旅行先にしては中々良かったです。

色々と書きたいことがあるのですが、一度に書くのは大変なので、これからちょこちょことマダガスカル編を更新していこうと思います。

それではどうぞ2011年も「アフリカ留学記」をよろしくお願いします。
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